中川翔子の父・中川勝彦って誰?32歳で他界!マルチな才能は父譲り?

タレント

先日、一般人で国際線パイロットの男性との結婚を発表したタレントで歌手の中川翔子さん。

夫の後押しもあり、結婚後も芸能会でのお仕事に意欲的なようです。

歌手にタレント業に多彩な才能をみせる中川翔子さんですが、父親はミュージシャンの中川勝彦さんです。

中川勝彦さんがどんな方だったのか、中川翔子さんとの関係や影響について詳しく調べてみました。

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中川翔子の父はマルチタレントの中川勝彦

ミュージシャンとして活動

中川勝彦

(引用:音楽ナタリー)

中川翔子さんの父親は、ミュージシャンとして活躍されていた中川勝彦さんです。

中川勝彦さんは、1980年代ではまだ珍しかった「ヴィジュアル系ミュージシャン」として活躍されていました。

「ヴィジュアル系」と言われていた理由は、美白の化粧や口紅をし、フリルのシャツを着ていたためと思われます。

端正な顔立ち+ィジュアル系という要素が、独特な世界観を表現していたのでしょう。

「してみたい」画像

(引用:Amazon)

中川勝彦アルバム

(引用:タワーレコード)

鼻筋の通った美しいお顔立ちをされていますよね!

CHARさんとユニットを組んで活動したり、楽曲作りも行っていたようです。

役者としても活躍していた

中川勝彦さんは、音楽だけでなく映画やドラマなどで役者としても活躍されていました。

1981年に薬師丸ひろ子さん主演の映画「ねらわれた学園」で、クラスメイト役を演じたのが役者としてのスタートだったようです。

その後も映画「転校生」やドラマ「白虎隊」など、数々の作品に出演しています。

「白虎隊」では、新選組の沖田総司役を演じたところ、あまりにも男前すぎて「沖田総司の理想像」と言われるようにもなったとか。

中川翔子さんも、Twitterで沖田総司役のお父様の姿を公開しています。

(引用:中川翔子Twitter)

美しすぎる沖田総司ですね!!

新選組ファンが魅了されるのも納得です。

絵本の執筆も

未知の記憶

(引用:Amazon)

中川勝彦さんは、絵の才能もあったと言われています。

「未知の記憶」は、中川勝彦さんが生前に病床で完成させた唯一の著書で、当時まだ幼かった中川翔子さんも制作を手伝っていたのだとか。

その時の様子について、中川翔子さんはこのように語っています。

覚えているのは父が白血病を発病した後、久々に家に来ていたときのこと。母から、「お父さんが2階にいるから会ってきなさい」と言われてしぶしぶ行くと、父は絵本を描いていた。「なんで絵本なんか描いてるんだろう?」と思ったけど、その海と空の青がすごく美しくて、子ども心になんて綺麗なんだろうと思ったのを憶えています。「しょうこも手伝ってごらん」と言われて一緒に絵本を作ったことは、忘れられません。

(引用:AERAdot.)

また、目の不自由な人や幼い子どもでも楽しめるように、中川勝彦さん自身で本を朗読し、テープに収録していました

復刻版として再発売された「未知の記憶」では、朗読CD付きのスペシャルエディションも出版されたそうです。

中川親子の最初で最後の共同作品と言われています。

また、中川翔子さんの誕生日には、手作りのバースデーカードを送っていたのだとか。

絵本もバースデーカードも素敵な絵ですね!

何度も練習して描いている様子が、娘への愛を感じさせます。

中川翔子の父・中川勝彦は32歳で他界

中川勝彦さんは、1994年に急性白血病により32歳の若さで逝去されました。

倒れたのは92年7月。30歳の誕生日の翌日だった。以前から食欲がないと体の変調を訴えていた中川がその日、急に体に力が入らないという状態になったという。病院では白血病の診断が下されて入院。一時はミニコンサートを開くまでに回復したが、94年9月17日、帰らぬ人となった。

(引用:日刊ゲンダイ)

病気の状態について、中川勝彦さんは周囲にほとんど話をしていなかったのだとか。

当時、中川翔子さんはまだ9歳でした。

中川翔子が父・中川勝彦から受けた影響とは?

父と同じくマルチな才能

(引用:AERAdot.)

中川翔子さんも現在、声優・女優・漫画・イラスト・歌手など幅広い分野で活躍されています。

父・中川勝彦さんの多彩な才能をしっかりと受け継いでいますね!

また、昔の特撮やアイドルなどに詳しいのも父の影響とのことです。

骨髄バンク支援キャンペーンに出演

中川翔子さんは、2018年のACジャパン骨髄バンク支援キャンペーンCMに出演されています。

CMの出演に際し、「このCMは父が連れてきてくれたように感じます」と語っていた中川翔子さん。

中川勝彦さんの闘病と死についてはいろいろな思いがあったようです。

それは、父・中川勝彦さんが白血病になった際、娘である中川翔子さんがドナーになれるかもしれないという話があったこと。

その時の様子について、中川翔子さんはこのように語っています。

骨髄移植という方法があることを母や祖母から聞いて「嫌だ、怖い」と言っていました。父は「小さな翔子に負担はかけられない」と話していたそうです。でも、私がドナー(提供者)になっていたら助けられたのかもしれない。もやもやした気持ちをずっと抱えていました。

(引用:東京新聞)

9歳の小さな子どもには抱えきれないほどの恐怖と後悔があったのではないかと思います。

1人でも多くドナーの登録者が増え、誰かの未来が変わるきっかけになればうれしい。父も報われると思うし、私自身にとっても、できることがあると気付く機会になりました。

(引用:東京新聞)

つらい経験を過去のものにしてしまうのではなく、誰かを救うための力に変えることができる中川翔子さん。強さを感じますね!

まとめ

中川翔子さんの父・中川勝彦さんは、たくさんの才能を持ったマルチタレントだったことがわかりました。

また、中川翔子さんも父からそのDNAを受け継ぎ、過去を乗り越えて活躍し続けています。

結婚し、いろんな意味でレベルアップした中川翔子さん。

これからもたくさんの才能を生かして活躍してほしいですね!

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